以上はこの映画の第一幕についての話でした。
この映画は典型的なハリウッド三幕構成になっています。
これからはすでに映画を観た人のための内容になります。ネタバレどころかネタバレを遥かに超えて内容に著しく触れていきますので、必ず観賞後に読むようにして下さい。映画のストーリー上、先に読むと絶対後悔します。
三幕構成と書きましたが、第二幕の最初でやっぱり妻のエイミーは生きていたことが分かります。
だってそういう予感しますよね。あのちょっと間抜けなニック・ダンが妻を殺したんかいなと思えるシーンがだんだん出てくるからです。
三幕構成ってなんだか学校の国語の授業みたいに分析的っぽいですが、まとめるとこうなると思います。
- 第一幕:妻が失踪してから夫が殺人容疑で逮捕されそうになるまでの〈疑惑編〉
- 第二幕:夫が自分を殺したように見せかけるために姿をくらませる〈逃走編〉
- 第三幕:エイミーが帰宅して再出発するまでの〈帰還編〉
そしてこの映画の肝ともいえる大切なイメージがあって、それはファーストショットとラストショットです。
そしてご覧になった人はわかりますが、このファーストショットとラストショットは同じです。
始まる前に観た振り返る妻の顔と149分の映画を見た後に観る妻の顔は同じはずなのに、ラストショットでは鬼のように怖い。ゾンビ映画のゾンビよりも幽霊映画の幽霊よりも怖いのです。
この映画は落ちはホラー映画なみに怖いにも関わらず、全体には前頁でも触れたようにコメディとして描かれています。サンドウィッチのパンの部分はホラーなのに具にコメディが入ってるみたいな構造です。
コメディと書くと「お笑い」と思われちゃうかもしれませんが、日本の感覚で言うお笑いとアメリカの劇でいうコメディとは違うものだと理解しておくべきなんだと思います。もちろん全編大爆笑というスタイルからニヤリとさせるものまで幅広くある大きなジャンルなんだということだと思います。
この映画はホラーとコメディを共存させているように、ふたつの異なるジャンルを合わせた作りになっています。オチがあまりに怖いためにコメディ色がかすんでしまうように見えますが。
またもう一度国語の授業みたいなことを書きますが、この映画のテーマになっているものは何かとうい設問です。
問 この映画の主題となることばを登場人物の台詞のなかから漢字二文字で答えよ。
ヒント:第三幕にあります。
答 結婚
となりますね。簡単か。台詞英語やんって? 字幕に出てますやん。
このテーマは次に書くことの根底に関わることになりますので、頭の片隅に置きながら読み進めると理解が深まるように思います。
以下は映画評論家町山智浩の有料音声サイト「映画その他ムダ話」のコンテンツ「町山智浩の最新映画復讐編(2) デヴィッド・フィンチャー監督『ゴーン・ガール』(2014年)」で知ったものです。ご本人の了解を得ていますので、ここに簡単にまとめたものを紹介します。
まずエイミーのキャラクターは『氷の微笑』(1992)のシャロン・ストーンが元になっているように見えます。金髪の髪型のスタイルと本当は何を企んでいるかわからない女として描くために参照しているようですね。
ヒッチコックの映画
物語は映画好きのギリアン・フリンは『ゴーン・ガール』を書くにあたって、特にヒッチコックの『断崖』(1941)『北北西に進路を取れ』(1959)『めまい』(1958)『サイコ』(1960)を参考に書かれていると考えられます。
- 『断崖』:リナ(ジョーン・フォンテイン)は婚約者のジョニー(ケーリー・グラント)が自分を殺害しようと思っている疑惑に取り憑かれた物語。
- 『北北西に進路を取れ』:キャプランと言う男と間違われて誘拐されてしまったロジャー(ケーリー・グラント)は謎の人物タウンゼントからある仕事への協力を要請される。人違いがわかると泥酔運転に見せかけて殺されそうになる。窮地を脱したロジャーが今度はタウンゼント殺害の容疑をかけられて逃げる。
- 『めまい』:ジュディ・バートン(キム・ノヴァク)が元刑事のジョン・ファーガソン(ジェームズ・スチュアート)に自殺を目撃させるために彼の理想の女マデリン・エルスターになりすます。
- 『サイコ』:地元不動産会社に勤務しているOLのマリオン(ジャネット・リー)が客の払った代金4万ドルを銀行に運ぶように頼まれるが彼女はその札束を持ったまま車で逃げる。
第二幕のはじめ、エイミーが車で颯爽と逃げるシーンは『サイコ』なんですね。途中パーキングで車中泊するシーンも『サイコ』にあります。
エイミーのキャラクターの元になっているのは『氷の微笑』(1992)のシャロン・ストーンだと考えられそうですが、このシャロン・ストーン演じるキャサリンのキャラクターは『めまい』のキム・ノヴァクから来ています。『めまい』でのキム・ノヴァクは金髪をシニオンにまとめた髪型ですが、彼女の後頭部のシニオンの渦巻きがめまいのイメージとなるファーストショットではじまります。『ゴーン・ガール』ではそのまま引き継がれるようになっています。
こんなふうにギリアン・フリンが物語のなかにヒッチコックのネタをちりばめていると考えられます。
スクリューボール・コメディ
レオ・マッケリー監督が1937年に発表した『新婚道中記(The Awful Truth)』という映画があります。この映画はごくごく簡単に説明するとこんな物語です。
お互い浮気をしていると思っている夫婦が離婚裁判を起こし、離婚が確定する日に仲直りする話。
この映画の主演のルーシーを演じた女優の名前はアイリーン・ダン(Irene Dunne)で、『ゴーン・ガール』の主役と同じ苗字ダン(Dunne)です。そしてルーシーの夫を演じているのがケーリー・グラントです。
この『新婚道中記』は1930年から1950年くらいにかけて存在したスクリューボール・コメディ(Screwball comedy)というジャンルの映画です。スクリューボールとは野球の変化球と言う意味です。性描写を自主規制していたヘイズ・コード時代に作られたコメディで〈性描写のない性 Sex without sex〉セックスコメディ・ウィズアウト・セックスで、夫婦間の性についての語を性描写なしでコメディとして描くというジャンルです。この『新婚道中記』以降『赤ちゃん教育』(1938)『素晴らしき休日』(1938)『フィラデルフィア物語』(1940)『ヒズ・ガール・フライデー』(1940)などほとんどのスクリューボール・コメディでケーリー・グラントが主演しています。
先に挙げたヒッチコック4作品のうち2作品と『新婚道中記』を貫く共通項はケーリー・グラントです。そして彼は顎が割れています。
その顎割れキャラクターを引き継ぐかたちでベン・アフレックが主演しているということなんです。
物語の全体をまとめると、スクリューボール・コメディをベースにヒッチコック・サスペンスを盛り込みながら話題のテレビ番組と実在の事件をなぞらえた話となっています。
ニール・パトリック・ハリス
町山智浩から教わった『ゴーン・ガール』ネタの最後はニール・パトリック・ハリスです。
エイミーの元カレというデジー・コリングスという役で出演して、第二幕の後半に自分の元にやってきたエイミーを別荘に軟禁する男として演じていますが、デヴィッド・フィンチャーは、こんな奴おらへん、と考えました。第二幕はエイミーの一人称で語られているために実在しないキャラクターではないかという解釈です。
キューブリックの『ロリータ』(1962)におけるクレア・キルティや村上春樹が指摘している『ライ麦畑でつかまえて』の妹と同様、本当はいない人なんじゃないかということです。だから2006年にゲイであることを公表したニール・パトリック・ハリスをキャスティングしていると考えられます。ここは日本ではわかりにくいところですが、たとえばKABA.ちゃんが普通の男の格好して女性とのベッドシーンを撮ると考えてみると笑けますよね。ウケを狙ったキャスティングなんですね。
以上が町山智浩の解説です。さすがです。脱帽しかありません。