『オリエント急行殺人事件』(2017)

世界で最も有名なミステリー小説の映画化というのはむつかしい。犯人は誰かみんな知っているので、今更犯人は一体誰なのかをオチにしても作品にはならないからです。加えて1974年に豪華キャストで映画化され大成功した作品があるのになぜ今映画化するのだろうという素朴な疑問がありました。
今回も豪華キャストでの映画化ということもあるけれども、スコット・フリー製作ということとシナリオがマイケル・グリーンという2点が見ようと思った動機です。

ここでは、原作や前作との比較はせずに本作映画から読むことのできる内容だけに触れたいと思います。これから先は映画を見終わってから読むことをおすすめします。

エルサレムの嘆きの壁から始まります。なぜここから始まるんだろうと思いながら見ていました。名探偵ポアロの天才ぶりを見せつけるシーンとなっています。

クライマックスはオリエント急行が雪崩によってトンネル手前で脱線停車したその場所で迎えます。ポアロが皆をトンネルに集めるシーンにこの映画の本当のテーマが表現されています。

トンネル入り口に向けてテーブルを一直線に並べて脱線したオリエント急行を眺めるような向きに皆が一列に座ろうとしているシーンです。着席してる人、これから座ろうとしている人などがまばらになる瞬間を捉えたようなショットです。その様子はレオナルド・ダ・ヴィンチの代表作『最後の晩餐(伊 L’Ultina Cena・英 The Last Supper)』そのものになっています。


12人が共謀してひとりの男を殺すというひとつの殺人事件がキリストの話として昇華させることを宣言するシーンに一変します。
中央に座するミシェル・ファイファーが金髪のカツラを脱ぎ、茶黒の髪を解く容貌はイエス・キリストに重なります。
ミシェル・ファイファーが全員の罪をすべて引き受けようとするのは、まさにキリストが人間の罪をひとりで背負うという大きなテーマに変換されます。

そう見ると、最初になぜ嘆きの壁が出てきたのか、そしてオリエント急行が走る道、12人の乗客のルーツにユダヤ人の歴史が重なってきます。

 

マイケル・グリーンというシナリオライター

『エイリアン:コヴィナント』『ブレードランナー2049』そしてこの『オリエント急行殺人事件』にはスコット・フリーが製作しているという以外にもうひとつの共通点がマイケル・グリーンがシナリオを書いたという共通点があります。そしてこの3つのテーマはいずれも神の話として書かれているというマイケル・グリーンの作家性を見ることができます。

『メッセージ』(2017)

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品には映画の説明そのものがネタバレになる作品が多く、傑作にもかかわらず見ていない人に薦めるのがとてもむつかしい。この『メッセージ(原題:Arrival)』も同じです。

ですので、以下内容に著しく触れるために映画を見終わってからご覧ください。

原作はテッド・チャンが1998年に発表した『あなたの人生の物語(原題:Story of Your Life)』というSF短編小説です。映画を見てから読む方が圧倒的にいい小説だと思います。
映画を見た人にぼくはひとつ意地悪な質問を出すことにしています。

「この映画の主人公は誰ですか?」

エイミー・アダムスでしょ。映画でいうと言語学者のルイーズ・バンクス?

でも、わざわざそんなこと聞いてくるということは別の人?
実は宇宙人たち?

もしかしたらエイミー・アダムスの娘だったりして。

映画がはじまって少しするとエイミー・アダムスの「これはあなたの物語です」というナレーションが入ります。それは彼女の娘に語られるということがわかり、短いシークエンスで娘が若くして亡くなることがわかります。宇宙人とのファーストコンタクトものの映画と思っていたらそこが主題ではなくて実は娘の物語なのかと思わせるナレーションです。

ということは、本当の主人公は娘なのかと思います。

ぼくの考えは実は違っていまして、もう少し説明を続けますね。

映画が進んでいくとルイースがウェーバー大佐(フォレスト・ウィテカー)に宇宙人への質問について説明するシーンがあります。

What is your purpose on earth?

この英語の”your”が単数なのか複数なのか説明が必要であるという場面があります。

これは最初のナレーション「これはあなたの物語です」といった「あなた」が複数であることを示唆しているようにも見えるセリフとなるわけです。

『メッセージ』を象徴する一枚の名画

これは「ラス・メニーナス」です。スペインの画家ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)が1656年に発表した大傑作で日本語で「女官たち」や「侍女たち」と訳される『ラス・メニーナス(原題:Las Meninas)』そのものです。

この絵の主人公はだれか?

一見絵の真ん中にいる少女であるフェリペ4世の娘マルゲリータ王女を描いた絵に見えます。絵の左端に絵筆を持った男はベラスケス自身ですが、イーゼルに支えられた大きなカンバス越しにこちらをみています。一点透視図法で描かれているのでベラスケスが描いているのはマルゲリータ王女ではなさそうです。
画面を良く見るとマルゲリータ王女のやや上の背後の壁にかかった鏡にうっすらと二人の人影が見えます。
この二人こそこの絵画の発注主であるスペイン国王夫妻なのです。つまりこの絵はベラスケスがフェリペ4世夫妻を描いているところを描かれている国王夫妻から見た風景を描いているのです。
そしてこの絵画を現在私たちが見るとき、ちょうど国王夫妻が立っていた場所に立って鑑賞することになるのです。

『メッセージ』の最初のナレーション「これはあなたの人生の物語です」ということは娘のことを指しているだけではなくこの映画を見ている私たちに対して向けられた言葉に聞こえてきます。
ただの鑑賞者であった私たちが、他人事ではなく自分の物語として語られるわけです。
そう考えられるのは、自分の娘との回想シーンがより近い自分の目線を再現したような撮り方になっているのはそういうことを表現しているように思います。


『エクス・マキナ』のポロック

出演者わずか4人。舞台は人里離れた邸宅。しかも、出てくる部屋はごく限られ、部屋に置かれているモノもごく少ない。
うっかり寝てしまいそうな抑えられた演出。
そんな地味で静かな作品ですが、その表現形式とは真逆でとても大きなテーマを扱っている作品です。
淡々として一見要素の少ない画面に、さまざまな要素を巧みに組み合わせているのです。
要素が少ない分、その要素の意味も重くなっていると言えます。
そういう意味でカルト映画の巨塔『ブレードランナー』を意識した映画に見えます。表現形式は違いますが、カルト映画となる条件は揃っています。
アレックス・ガーランドはこれが監督初作品ですが、この前に『わたしを離さないで』の脚本を書いていて、どちらも似た題材を扱っていると言えます。そしてテーマはどちらも『ブレードランナー』と同じです。
早くもカルト映画の傑作といわれている本作には書くべきところがいろいろ出てくるので、今回は一枚の絵について書いてみます。

部屋にジャクソン・ポロックの絵が架けられています。
本編にポロックについて語られるシーンもあます。
絵についてセリフのなかでポロックの絵画手法をAIになぞらえて語られています。
具体的にはドリッピングによる絵は一体誰が書いたと言えるのか。ポロックは自分を無にして、意図的に書いているわけではないが、ランダムに書いているわけでもない。それはAIロボットであるエヴァと対比して話されています。エヴァはコンピュータのワイヤーフレームのような線画を描くのですが、それがなんなのかわからない。そのことと対比させるためにポロックの絵を使っています。

この映画にポロックの絵が出てくるのにはもうひとつの意味があることに気がつきました。

2006年11月にゲフィン・レコードの社長デイヴィッド・ゲフィンが所有していた「No.5, 1948」をにメキシコの投資家デイヴィッド・マルチネスが1億4000万ドルで競り落としたとニューヨークタイムズ紙が報じたのです。

pollock-5

1億4000万ドルというと当時のレートで約165億円、この映画の製作費1500万ドルの9倍以上です。
この落札額は絵画の最高価格に近い金額で、つまりはとてつもない価値のある絵ということです。
なんだこんな作品にこれほどの金額がつくなんて、それだったら自分でも描けたのに!と思った批評家は多かったようです。
ところが、このポロックの絵を数学的に分析してみると、意外にもかなり巧みな技を駆使していたことがわかってきました。
マーカス・デュ・ソートイ著の『数学の国のミステリー』にこんなことが紹介されています。

 事実、オレゴン大学のリチャード・テイラー率いる数学者の一団が1999年にポロックの絵を分析したところ、ポロックがあのひきつけの発作のような手法で自然好みのフラクタル図形を作り出していたことが明らかになったのだ。ポロックの絵は、一部を拡大しても全体ときわめてよく似ており、どうやら、フラクタルの特徴である無限の複雑さを持っているらしい(もちろん拡大倍率をどんどん上げていけば、けっきょくはひとつひとつの絵の具のはねが見えてくるわけだが、それにはキャンバスを千倍以上に拡大する必要がある)。

この数学的分析によってポロックの作とされる絵画の真贋を判定することができるようになりました。
ポロック・クラズナー真贋証明委員会がテイラー率いる数学者チームに依頼し、収蔵庫から見つかった32作すべてが偽物であると判定されたのです。
一方でテイラーは、フラクタルな絵画を描く「ポロック化装置」を作っている。絵の具を入れた壺を糸で電磁コイルに取り付けて、いかにもポロックらしい作品を描くことができるそうです。
ここで重要なのは「数学的分析」ということなんだと思います。
映画の中ではその壁に掛けられたポロックの絵にゆっくりとカメラが寄るシーンがあります。
この絵は本物か偽物かをあなたは見分けられるかな。きっと見分けられまい。もう人間には判断できないんだよ、とじわじわと迫ります。
『ブレードランナー』のタイレル社のフクロウのように。

参考文献:マーカス・デュ・ソートイ『数字の国のミステリー』新潮文庫

原題 Ex Machina
監督 アレックス・ガーランド
出演 ドーナル・グリーンソン
   アリシア・ヴィキャンデル
   オスカー・アイザック
音楽 ベン・サルスベリー
撮影 ロブ・ハーディ
上映時間 108分
公式サイト exmachina-movie.jp


関連記事の紹介
『エクス・マキナ』の面白いエピソード15選!▶︎http://ciatr.jp/topics/163731
http://www.in-movies.com/blog/2016/5/29/-exmachina-
http://kagehinata64.blog71.fc2.com/blog-entry-1152.html
http://touris2.oops.jp/2016/06/14/exmachina/