『メッセージ』(2017)

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品には映画の説明そのものがネタバレになる作品が多く、傑作にもかかわらず見ていない人に薦めるのがとてもむつかしい。この『メッセージ(原題:Arrival)』も同じです。

ですので、以下内容に著しく触れるために映画を見終わってからご覧ください。

原作はテッド・チャンが1998年に発表した『あなたの人生の物語(原題:Story of Your Life)』というSF短編小説です。映画を見てから読む方が圧倒的にいい小説だと思います。
映画を見た人にぼくはひとつ意地悪な質問を出すことにしています。

「この映画の主人公は誰ですか?」

エイミー・アダムスでしょ。映画でいうと言語学者のルイーズ・バンクス?

でも、わざわざそんなこと聞いてくるということは別の人?
実は宇宙人たち?

もしかしたらエイミー・アダムスの娘だったりして。

映画がはじまって少しするとエイミー・アダムスの「これはあなたの物語です」というナレーションが入ります。それは彼女の娘に語られるということがわかり、短いシークエンスで娘が若くして亡くなることがわかります。宇宙人とのファーストコンタクトものの映画と思っていたらそこが主題ではなくて実は娘の物語なのかと思わせるナレーションです。

ということは、本当の主人公は娘なのかと思います。

ぼくの考えは実は違っていまして、もう少し説明を続けますね。

映画が進んでいくとルイースがウェーバー大佐(フォレスト・ウィテカー)に宇宙人への質問について説明するシーンがあります。

What is your purpose on earth?

この英語の”your”が単数なのか複数なのか説明が必要であるという場面があります。

これは最初のナレーション「これはあなたの物語です」といった「あなた」が複数であることを示唆しているようにも見えるセリフとなるわけです。

『メッセージ』を象徴する一枚の名画

これは「ラス・メニーナス」です。スペインの画家ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)が1656年に発表した大傑作で日本語で「女官たち」や「侍女たち」と訳される『ラス・メニーナス(原題:Las Meninas)』そのものです。

この絵の主人公はだれか?

一見絵の真ん中にいる少女であるフェリペ4世の娘マルゲリータ王女を描いた絵に見えます。絵の左端に絵筆を持った男はベラスケス自身ですが、イーゼルに支えられた大きなカンバス越しにこちらをみています。一点透視図法で描かれているのでベラスケスが描いているのはマルゲリータ王女ではなさそうです。
画面を良く見るとマルゲリータ王女のやや上の背後の壁にかかった鏡にうっすらと二人の人影が見えます。
この二人こそこの絵画の発注主であるスペイン国王夫妻なのです。つまりこの絵はベラスケスがフェリペ4世夫妻を描いているところを描かれている国王夫妻から見た風景を描いているのです。
そしてこの絵画を現在私たちが見るとき、ちょうど国王夫妻が立っていた場所に立って鑑賞することになるのです。

『メッセージ』の最初のナレーション「これはあなたの人生の物語です」ということは娘のことを指しているだけではなくこの映画を見ている私たちに対して向けられた言葉に聞こえてきます。
ただの鑑賞者であった私たちが、他人事ではなく自分の物語として語られるわけです。
そう考えられるのは、自分の娘との回想シーンがより近い自分の目線を再現したような撮り方になっているのはそういうことを表現しているように思います。


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