『ザ・イースト』(2013)

かつてM字開脚で話題になったインリンといえば「エロテロリスト」ですが、この映画はエコテロリスト集団を題材にしています。

タイトルがなぜ「ザ・イースト」なんでしょう。「ジ・イースト」と発音することは中学校一年生以上なら誰でも知っていることです。人を莫迦にするのも大概にせいやと言いたくなりますね。このタイトルがエコテロリスト集団の名称です。

エコテロリスト、すなわち環境テロリスト集団とは、環境汚染や健康被害をもたらす大企業の幹部に報復を行なう集団です。
たとえば、海を石油で汚染させた企業のCEO宅を石油まみれにする、という手法をとるわけです。

やられたらやり返す!と半沢直樹よりも文字通りされたことと同じことをその人に与える集団なのです。
物語はそんなエコテロリスト集団に潜入捜査を行なう任務を受けたサラが、その任務と倫理観の狭間に揺れ動く様子を描いています。
正義とはなにかを考えるのがテーマと言えます。

主演のサラを演じる女優がとても端正な美形だなと調べてみると、ブリット・マーリングという人で本作ではなんと脚本・製作もこなす才女ではないですか。すごいなあ。
そんな彼女の才能を認めたのがリドリー・スコットと亡き弟トニー・スコットの兄弟で、したがってスコット・フリーが製作しています。
エンドロールの後に、例のスコット・フリーの動画が流れる作品なのです。
と思うとリドリー・スコット・ファンであるぼくには映像と音楽の雰囲気がとてもスコット・フリーっぽく見えました。

出演陣は、イーストの主要メンバーのひとりを演じるエレン・ペイジとサラの上司役のパトリシア・クラークソン以外はぼくは知らない人たちでした。それも合わせて非常に重いテーマでありながら新鮮な映画としてみることができました。

2013年に見た映画ベスト10

去年見た映画をリストアップしてみると129本ありました。記録しわすれた映画もあるので130本以上は見てるはずです。
そのなかからアカデミー賞みたいによかった映画を10本までしぼり、さらにベストワンを選んでみました。

候補の10作品は次の通り。鑑賞日順のリストです。タイトルの後の「*」印は劇場鑑賞で、無印はWOWOWあるいはNHK-BSで見たものです。

・『ドラゴン・タトゥーの女』*
・『宇宙人ポール』
・『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』*
・『ブエノスアイレス恋愛事情』
・『人生はビギナーズ』
・『華麗なるギャッツビー』*
・『007 スカイフォール』*
・『桐島、部活やめるってよ』
・『パシフィック・リム』*
・『クロニクル』*
・『素晴らしき哉、人生!』

あれれ、11選になってますね。でも言い訳として古典的名作『素晴らしき哉、人生!』を去年始めてみたからリストに入ってます。
おそらくこの『素晴らしき哉、人生!』が圧倒的1位になっちゃいますが、今年に入れるなとも言われそうで、それ以外の10作品からたったひとつの作品を選ぶことにします。

と、その前に、ノミネート作品についての簡単な感想を。

『ドラゴン・タトゥーの女』* 
これよりもスウェーデン版『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』の方が好きな人が多いと思います。ぼくもスウェーデン版の方が好きです。が、それを差し引いてもこちらのデイヴィッド・フィンチャー版も傑作と言わざる得ません。スウェーデン版に比べて写真や押し花の額の扱いが弱いのは弱点ですが、映画そのもののクオリティの高さ映像の美しさは相当のものだと思います。

『宇宙人ポール』
コメディSF映画の表現形式ですが、いやだからこそここまで表現できた作品です。原題は単に “Paul”。これをキリスト教的に読むとパウロです。いろんな映画のパロディやギャグ満載で、キリスト教福音派への批判もしっかりやってくれてます。
宇宙人もののSFでは『第9地区』にならぶ近年の大傑作です。

『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』*
前田吟みたいな顔したアン・リー監督が正真正銘の大天才であることを見せつけられた作品。
上映当時、感想の多くが画像の美しさや表面的な物語にあれこれいう内容でしたが、もっともっと奥の深いものなのです。重箱4段重ねのお弁当みたいに食べ終わったと思ってもその下があります。そこに気づくとそれを撮り切った監督と作品に対して高い評価をつけるしかありません。

『ブエノスアイレス恋愛事情』
アルゼンチン映画を初めて見ましたが、ここまで洗練されている作品とは正直驚きました。
建築に携わる自分から見ると建築愛に満ちあふれた作品という見方もできます。こんな名作が日本未公開とはどういうことやねん。

『人生はビギナーズ』
メラニー・ロランにハズレなし。調べてみるとメラニー・ロラン出演映画で来日していない作品もあるようなので、全作品とは言い切れませんが、日本で公開された彼女の出演作品はすべてハイレベルな作品です。
シナリオが素晴らしく、ベストワンとして最初に頭に浮かんだ作品がこれです。
深い悲しみがなければ人生は豊かにならない。

『華麗なるギャッツビー』*
絢爛豪華ということばを表現する映画でこれ以上の作品があれば教えてください。
バズ・ラーマン監督の前作『ムーラン・ルージュ』を遥かに凌ぐ豪華な映像の連続です。バズ・ラーマンのもうひとつ素晴らしいところは音楽の使い方です。『ムーラン・ルージュ』と同じく当時の音楽をそのまま流すのではなく今日的文脈に合わせた選曲は見事です。同じ手法で映画をつくろうとしているソフィア・コッポラとの才能の差は明らかです。

『007 スカイフォール』*
意外と評判の悪い感想を多く見た007最新作ですが、近年では最も映画的に優れていると思っています。
特に過去の007シリーズへのオマージュだったり、小道具(映画でいうところの小道具で007アイテムという意味だけではありません)のこだわりなどはさすがといえます。主演の3人の関係がとてもよく描かれています。

『桐島、部活やめるってよ』
この映画は映像美がどうとかいう類いのものではないと思いますが、どこからどうみても素晴らしい映画です。これについて語り出すと本編を超える長さになりそうです。日本映画でもついにここまでの作品を作れるようになったんだと思います。
それに比べて山崎貴監督はなんなんだ! これくらいで日本人なら泣くやろうと言う中途半端な演出しやがって。特撮だけやっとけい!

『パシフィック・リム』*
マジンガーZに熱中した世代には涙なくしては見られない。久しぶりにアドレナリン出まくります。吹替版がオススメです。
タイトルを直訳すると「太平洋枠」です。ん? TPPのことかと聞こえますがその通りですね。TPPをわかりやすく映画にしてみました。てちょっと違うかな。
音楽が超アゲアゲです。http://youtu.be/tMTr2rbqSBM

『クロニクル』*
この作品の原作は大友克洋です、と言ってもいいです。
この映画が非常に今日的なのは、恐らく劇場で見るよりもノートパソコンのネット配信で見た方がいいと思われるところです。YouTubeで見た方がよりリアルに感じられると思います。

『素晴らしき哉、人生!』
『三十四丁目の奇跡』と同じくアメリカ人が最も見ているクリスマス映画2本のうちの1本。
誠に恥ずかしながら、この歳ではじめてみました。「感動の名作」なんて程度の表現では失礼な作品。

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と、このなかから1作だけ選びます。
ひとつに選ぶのはとてもむつかしいところですが、『ブエノスアイレス恋愛事情』をベストワンにしたいと思います。

『人生はビギナーズ』となかり悩みましたが、アルゼンチン映画にします。

先述の通り日本劇場未公開だった本作品ですが、ありがたいことに、関西では今月いっぱいで閉館する梅田ガーデンシネマで2月8日から閉館日の2月28日まで上映してくれます。
すばらしい。何回見に行こうかな。

『ル・コルビュジエの家』(2009)

2009年のアルゼンチン映画で、日本では2012年9月15日に公開された作品です。
先日WOWOWでの放映があり、録画したものを後日鑑賞しました。


1948年にル・コルビュジエが南米大陸に設計した唯一の建築(竣工が唯一ということで計画案は他にあります)であるクルチェット邸を舞台とした映画です。

なので邦題が『ル・コルビュジエの家』となっていますが、原題はスペイン語で “EL HOMBRE DE AL LADO” といいまして直訳すると「隣の人」という意味になります。


日本公開にあたりル・コルビュジエの絵画を数多くコレクションしている大成建設と Galerie Taisei が協賛していることからこの邦題になったんだと勘ぐっていましたが、実際にアルゼンチンでもロケ地をこの建築で行なうために建築家協会に企画を持ち込んでいました。


ル・コルビュジエの建築紹介映画のように見えるタイトルですが、そうではなく、隣人との騒音問題が物語のきっかけになっています。
たまたまそれがクルチェット邸が舞台ということであってストーリー上の必然性はありません。しかし、クルチェット邸を舞台にしていることから映画全体がスタイリッシュに仕上がっていると言えます。先に書いた通り企画段階で建築家協会に撮影許可をお願いしていることから、クルチェット邸の広報的映画にもなっています。


映画は真っ白い壁がハンマーで破壊されるシーンからはじまります。私たちは前もってル・コルビュジエ設計の住宅が舞台ということを知ってるのでいきなり壁を解体するシーンを見て冷や冷やします。いくら映画といえどもクルチェット邸の壁を壊したらあかんやろ。
そして、見ているものの想像力を借りてクルチェット邸の壁が解体されようとしているように巧みに編集されています。
ル・コルビュジエのファンでなくてもこの行為に不愉快になりますが、クルチェット邸の図面を見ながらストーリーを追うと、敷地奥にある階段室の壁が隣家と共有していて、クルチェット邸側からは奥の庭の塀となっている隣家の外壁を解体しているようです。


物語は隣人のジェフリー・ラッシュにそっくりの俳優ダニエル・アラオス演じるビクトルがラファエル・スプレゲルブルト演じるクルチェット邸の主レオナルドの寝室の窓の正面の壁に穴を開けて窓をつけようとすることから、問題が続出するというものです。
デリカシーのないこのビクトルの行為に怒りを感じながら見てしまいましたが、「壁の力」を思い知る作品として見ることもできます。
壁にひとつの穴が穿たれることによってその空間に影響を与えます。その影響は人間関係にも変化をもたらすのです。
この映画では単に近隣問題だけでなく、自分の家族関係にまで波及します。そして善悪とは何かまで発展していきます。


同時にル・コルビュジエが唱えた近代建築の五原則のうち「ピロティ」と「横連窓」は開放性を言っていると考えてみると、クルチェット邸の開放的な空間が故に生じる防犯に対する脆弱性を指摘しているという見方もできます。
実際映画の中でも警備会社にセキュリティを掛けてもらおうと現地調査をお願いすると、無理だと言われるシーンが象徴的です。
だからといって塀に囲まれた住宅がいいということには決してならないわけで、物語上は開放性についての利点や教訓やメタファーなどが織り交ぜられているとも言えます。


最近日本でも見慣れてきた住宅作家による白い家がスタイリッシュでかっこいいんだけれど冷たく感じてしまうことが少なからずあるのに対して、ル・コルビュジエの白い空間はなんとも素朴で優しく温かみのある空間だと改めて思います。


見終わってカメラアングルや編集されたシーンを思い返すと、CGによる視覚的トリックは使っていませんが、破壊された壁とその正面にあるクルチェット邸の寝室の窓はオープンセットで組まれたものではないかと考えられます。


この映画のもうひとつの主役である「クルチェット邸」の図面は下記公式URLから見ることができます。
http://www.action-inc.co.jp/corbusier/trivia.html