『グレイテスト・ショーマン』(2017)

すごくシンプルなストーリーなのでミュージカルにしないと作品にならなかったのか? と思ってしまった。

ジェニー・リンドは本当は何を歌ったんだろう。
メンデルスゾーンやアンデルセンは一言も出てこなかったのは残念でした。

正直「絶賛の嵐!」という評判がハードルを上げすぎてしまったのか、平均的なミュージカルでしかなく、興行成績に似合うほどの作品性はありません。すかすかです。
それはなぜか。
舞台のシチュエーションと音楽の乖離です。
サーカス小屋で歌って踊るという「出し物」をミュージカルとしているが、小屋の観衆もその音楽を楽しんでいるように撮られています。
なのに流れる音楽はその当時のものではない。エレキギターもロックもない時代なのにどうも妙なのです。
これは類似例としてバズ・ラーマン監督作「ムーランルージュ」にも言えますがファンタジーシーンつまり登場人物の空想シーンが多いため違和感がない。
決定的なのは、ジェニー・リンドの存在です。彼女が現実通り当時ヨーロッパで最も有名なソプラノ歌手として描かれているのに、彼女が歌うのはバラードであり、声楽家ですらないということです。
一気に酔いが覚めます。
 

『ラ・ラ・ランド』とは比較にならない

『ラ・ラ・ランド』の作詞・作曲チームが歌って踊れるヒュー・ジャックマン主演で贈る最高のエンターテイメント作品! と大々的に宣伝され、興行的に大ヒットを飛ばしたけれども、その華やかな宣伝に懐疑的なこともあり映画館では見ませんでした。なぜなら音楽チームはそうかもしれないというだけで監督脚本がそもそものデイミアン・チャゼルではないわけです。『ラ・ラ・ランド』はミュージカル映画の文法に忠実でありながらミュージカル映画の新しい見方を教えてくれた画期的な作品と言えます。妙な例えですが、聖書を正しく読めば読むほどに当時のローマ教会に異を唱え宗教改革を行ったマルティン・ルターに似てるような気がします。

それに比べると『グレイテスト・ショーマン』はただのミュージカル映画でしかありません。大ヒットした「This Is Me」をはじめ歌曲は素晴らしく、サントラは相当レベルだと思いました。しかし残念ながら映画作品としてはとても一流とはいえないものでした。どこがいいのかわからないほど面白くない。面白くなる要素はいっぱいあるはずなのに、なぜここまでつまらないのか。

違和感その1:P・T・バーナムのキャラクター

この映画の主役のP・T・バーナム(Phineas Taylor Barnum 1810.07.05 – 1891.04.07)をはじめ見世物小屋に登場する人たちはすべて実在する人物です。ヒゲが生える女性やシャム双生児などすべて本当にいた人たちなのだそうです。そう考えるとP・T・バーナムという興行師はどうも胡散臭い人なのです。奇形の人を集めて、奇人変人をメインに見世物小屋を運営しようとする人です。なのに邪悪なところがありません。それはヒュー・ジャックマンが2009年のアカデミー賞の司会をするのを見てキャスティングが先にあったからです。歌って踊れる芸達者の男前俳優ヒュー・ジャックマンを主演にしミュージカル映画を作れば大ヒット間違いないと考えたプロデューサーの発案が先にあり、それをヒュー・ジャックマンのキャラクターには合わないP・T・バーナムに当てたからです。そこでそもそもキャラクター設定とストーリーが合ってこずに、かなり無理矢理なストーリーとなったのが最大の問題でした。

違和感その2:ジェニー・リンド

見るつもりがなかったこの映画を見ようと思ったのは、個人的にメンデルスゾーンを歌うことになり色いろ調べているとこの映画との関係性を見つけ、WOWOWで放送されたことで見ることができました。

きっかけとなったのは中野京子著『芸術家たちの秘めた恋—メンデルスゾーン、アンデルセンとその時代』(集英社文庫)という本です。19世紀を生きたドイツ人音楽家メンデルスゾーンとデンマーク人作家のアンデルセン、この育ちも容姿も正反対の二人をつなぐ、神の声を持つと言われたスウェーデン人の歌姫ジェニー・リンドをめぐる物語です。そのなかに、ジェニー・リンドがP・T・バーナムに誘われて全米ツアーに出るという話があります。この映画はまさにそこを描いています。映画ではレベッカ・ファーガソン Rebecca Ferguson というスウェーデン人の美しい女優が演じています。レベッカ・ファーガソンはトム・クルーズ主演の『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』という大ヒット映画(トム・クルーズが飛行機にしがみついたまま飛んでいくポスターで知られています)にヒロイン役として出演して一躍有名になりました。

本物のジェニー・リンド Jenny Lind (1820.10.06 – 1887.11.02)もスウェーデン人で「スウェーデンのナイチンゲール」と言われた歌姫であり、母国では絶大な人気を誇っていました。そんな彼女の声に惚れたのがデンマークの童話作家アンデルセンでありユダヤ人作曲家のメンデルスゾーンです。詳しくは『芸術家たちの秘めた恋—メンデルスゾーン、アンデルセンとその時代』に預けますが、メンデルスゾーンがリンドと出会い、1845年12月4日と5日のライプツィッヒの演奏会で彼女の伴奏をしています。その時リンドは「歌の翼に」などを歌っています。

翌1846年4月12日にはメンデルスゾーンはジェニー・リンド、フェルディナント・ダーヴィット、クララ・シューマンを迎えて演奏会を開いています。ちなみにメンデルスゾーンはベートーヴェンのピアノソナタ「月光」を弾いてます。
続けて5月31日から6月2日にかけてアーヘンで音楽祭を主催し、そこにジェニー・リンドも参加しています。

メンデルスゾーンはオラトリオ「エリア Elias」のソプラノソロパートを書いたと言われています。オラトリオは英語で歌われるそうで英語が苦手なリンドは出演をオファーを躊躇していたようです。「エリア」は1846年8月26日にバーミンガムで2,000人の聴衆の前に初演されました。残念ながらこの初演にリンドはいませんでした。
そしてメンデルスゾーンは1847年11月4日に亡くなってしまいます。

リンドがP・T・バーナムの依頼を受け全米ツアーに出たのが1849年で、メンデルスゾーンの死後のことです。
『グレイテスト・ショーマン』にそういうことが一言も触れられていないは残念でなりません。
レベッカ・ファーガソンに声を当ててローレン・オルレッドが歌っていた「Never Enough」はいい曲だと思いますが、残念でなりません。

さらにいうなら、P・T・バーナムに対しリンドに恋愛感情が生まれるようなことはありえず、なんと滅茶苦茶なと思わずにいられません。まさになんじゃこりゃなのです。

参考▼
「歌の翼に」Auf Flügeln des Gesanges

1827年に詩人ハイネが発表した『歌の本』に収められている詩にメンデルスゾーンが歌曲(『6つの歌曲』Op.34, 1832-1836)にしたものです。

メンデルスゾーン作曲「Die Nachtigall(ナイチンゲール)」Op.59, 1844
ゲーテの詩にメンデルスゾーンが曲をつけています。スウェーデンのナイチンゲールと言われたジェニー・リンドに捧げたのかどうかは不明です。

https://www.orchester.uni-bremen.de/SS14/Die_Nachtigall.pdf

公式ホームページ▶︎http://www.foxmovies-jp.com/greatest-showman/

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