映画『ショーシャンクの空に』の印象的なシーンに主人公のアンディがモーツァルト歌劇「フィガロの結婚」のレコードを刑務所じゅうに放送するシーンがあります。そのためアンディは光の入らない独房に何日も閉じ込められてしまいます。禁が解けて戻ってくると囚人仲間から辛かったろうにと心配の言葉をかけてもらうと彼はずっとモーツァルトを聴いていたと答えます。仲間はついに頭が変になってしまったんじゃないかという顔を見せますが、アンディは頭の中は自由だというのでした。
今回のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」第一回「人むすぶ妹」で似たエピソードが描かれています。
幕府が禁書と定めた書物をめぐり、見つかったら投獄されると心配する主役の杉文(井上真央)に対して、学びたい気持ちがあれば投獄されることくらい大したことではないと兄の吉田寅次郎(後の吉田松陰・伊勢谷友介)は考えています。たとえ身体を拘束されたところで頭の中にまでは縛られない。
異端と思われて仕方がない考え方に見えますが、これは育ての親である玉木文之進(奥田瑛二)の厳しい教育の成果でもあります。禁書を読むような者は教え子にいてはならないと考える玉木文之進に対して、師の教えに忠実に学問していくと禁書を読まずに封じ込めることは間違っているという考えに至ります。
このエピソードはカソリック全盛期の16世紀に神学を学べば学ぶほどローマ・カトリック教会の言ってることと聖書に書かれている言葉との違いに気づいて宗教改革を行なったマルティン・ルターと同じです。
一見異端に見える出来事も、単なる反発や反抗心ではなく、親の教えに忠実に従ったことで親を殺すことになる、そんなテーマが込められていると感じました。
また「言葉の力」を感じさせる演出となっていました。杉文が孟子の言葉を暗唱するシーンや寅次郎の演説シーンは感動的でした。
前回の大河ドラマ「軍師官兵衛」は主演の岡田准一はよかったのですが、演出がとてもいびつでした。物語としては面白かったのですが、ドラマとしてみた時には見るに耐えられるレベルではありません。
かなり大げさな感情表現は観る者を白けさせ、特に必要以上に涙を流す中谷美紀には今日くらいは泣かんといてくれと思うほどいつも泣きはらした赤い目をしていました。松坂桃李もコントじゃないかと思えるほど台詞棒読みだったし、塚本高史とのダイアログのシーンは見ていられなかった。これらは演技というより演出上の問題です。また戦国時代にも関わらず的場浩司が討死するワンシーンを除き一滴の血も流れないなんて単なる形式主義じゃないか。切腹しても血が流れないなんて完全に歪んでる。
それに比べると、今回の「花燃ゆ」第一回はかつてないほどの素晴らしい出来だと思いますし、期待できると思っています。