出演者わずか4人。舞台は人里離れた邸宅。しかも、出てくる部屋はごく限られ、部屋に置かれているモノもごく少ない。
うっかり寝てしまいそうな抑えられた演出。
そんな地味で静かな作品ですが、その表現形式とは真逆でとても大きなテーマを扱っている作品です。
淡々として一見要素の少ない画面に、さまざまな要素を巧みに組み合わせているのです。
要素が少ない分、その要素の意味も重くなっていると言えます。
そういう意味でカルト映画の巨塔『ブレードランナー』を意識した映画に見えます。表現形式は違いますが、カルト映画となる条件は揃っています。
アレックス・ガーランドはこれが監督初作品ですが、この前に『わたしを離さないで』の脚本を書いていて、どちらも似た題材を扱っていると言えます。そしてテーマはどちらも『ブレードランナー』と同じです。
早くもカルト映画の傑作といわれている本作には書くべきところがいろいろ出てくるので、今回は一枚の絵について書いてみます。
部屋にジャクソン・ポロックの絵が架けられています。
本編にポロックについて語られるシーンもあます。
絵についてセリフのなかでポロックの絵画手法をAIになぞらえて語られています。
具体的にはドリッピングによる絵は一体誰が書いたと言えるのか。ポロックは自分を無にして、意図的に書いているわけではないが、ランダムに書いているわけでもない。それはAIロボットであるエヴァと対比して話されています。エヴァはコンピュータのワイヤーフレームのような線画を描くのですが、それがなんなのかわからない。そのことと対比させるためにポロックの絵を使っています。
この映画にポロックの絵が出てくるのにはもうひとつの意味があることに気がつきました。
2006年11月にゲフィン・レコードの社長デイヴィッド・ゲフィンが所有していた「No.5, 1948」をにメキシコの投資家デイヴィッド・マルチネスが1億4000万ドルで競り落としたとニューヨークタイムズ紙が報じたのです。
1億4000万ドルというと当時のレートで約165億円、この映画の製作費1500万ドルの9倍以上です。
この落札額は絵画の最高価格に近い金額で、つまりはとてつもない価値のある絵ということです。
なんだこんな作品にこれほどの金額がつくなんて、それだったら自分でも描けたのに!と思った批評家は多かったようです。
ところが、このポロックの絵を数学的に分析してみると、意外にもかなり巧みな技を駆使していたことがわかってきました。
マーカス・デュ・ソートイ著の『数学の国のミステリー』にこんなことが紹介されています。
事実、オレゴン大学のリチャード・テイラー率いる数学者の一団が1999年にポロックの絵を分析したところ、ポロックがあのひきつけの発作のような手法で自然好みのフラクタル図形を作り出していたことが明らかになったのだ。ポロックの絵は、一部を拡大しても全体ときわめてよく似ており、どうやら、フラクタルの特徴である無限の複雑さを持っているらしい(もちろん拡大倍率をどんどん上げていけば、けっきょくはひとつひとつの絵の具のはねが見えてくるわけだが、それにはキャンバスを千倍以上に拡大する必要がある)。
この数学的分析によってポロックの作とされる絵画の真贋を判定することができるようになりました。
ポロック・クラズナー真贋証明委員会がテイラー率いる数学者チームに依頼し、収蔵庫から見つかった32作すべてが偽物であると判定されたのです。
一方でテイラーは、フラクタルな絵画を描く「ポロック化装置」を作っている。絵の具を入れた壺を糸で電磁コイルに取り付けて、いかにもポロックらしい作品を描くことができるそうです。
ここで重要なのは「数学的分析」ということなんだと思います。
映画の中ではその壁に掛けられたポロックの絵にゆっくりとカメラが寄るシーンがあります。
この絵は本物か偽物かをあなたは見分けられるかな。きっと見分けられまい。もう人間には判断できないんだよ、とじわじわと迫ります。
『ブレードランナー』のタイレル社のフクロウのように。
参考文献:マーカス・デュ・ソートイ『数字の国のミステリー』新潮文庫
原題 Ex Machina
監督 アレックス・ガーランド
出演 ドーナル・グリーンソン
アリシア・ヴィキャンデル
オスカー・アイザック
音楽 ベン・サルスベリー
撮影 ロブ・ハーディ
上映時間 108分
公式サイト exmachina-movie.jp
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