『オリエント急行殺人事件』(2017)

世界で最も有名なミステリー小説の映画化というのはむつかしい。犯人は誰かみんな知っているので、今更犯人は一体誰なのかをオチにしても作品にはならないからです。加えて1974年に豪華キャストで映画化され大成功した作品があるのになぜ今映画化するのだろうという素朴な疑問がありました。
今回も豪華キャストでの映画化ということもあるけれども、スコット・フリー製作ということとシナリオがマイケル・グリーンという2点が見ようと思った動機です。

ここでは、原作や前作との比較はせずに本作映画から読むことのできる内容だけに触れたいと思います。これから先は映画を見終わってから読むことをおすすめします。

エルサレムの嘆きの壁から始まります。なぜここから始まるんだろうと思いながら見ていました。名探偵ポアロの天才ぶりを見せつけるシーンとなっています。

クライマックスはオリエント急行が雪崩によってトンネル手前で脱線停車したその場所で迎えます。ポアロが皆をトンネルに集めるシーンにこの映画の本当のテーマが表現されています。

トンネル入り口に向けてテーブルを一直線に並べて脱線したオリエント急行を眺めるような向きに皆が一列に座ろうとしているシーンです。着席してる人、これから座ろうとしている人などがまばらになる瞬間を捉えたようなショットです。その様子はレオナルド・ダ・ヴィンチの代表作『最後の晩餐(伊 L’Ultina Cena・英 The Last Supper)』そのものになっています。


12人が共謀してひとりの男を殺すというひとつの殺人事件がキリストの話として昇華させることを宣言するシーンに一変します。
中央に座するミシェル・ファイファーが金髪のカツラを脱ぎ、茶黒の髪を解く容貌はイエス・キリストに重なります。
ミシェル・ファイファーが全員の罪をすべて引き受けようとするのは、まさにキリストが人間の罪をひとりで背負うという大きなテーマに変換されます。

そう見ると、最初になぜ嘆きの壁が出てきたのか、そしてオリエント急行が走る道、12人の乗客のルーツにユダヤ人の歴史が重なってきます。

 

マイケル・グリーンというシナリオライター

『エイリアン:コヴィナント』『ブレードランナー2049』そしてこの『オリエント急行殺人事件』にはスコット・フリーが製作しているという以外にもうひとつの共通点がマイケル・グリーンがシナリオを書いたという共通点があります。そしてこの3つのテーマはいずれも神の話として書かれているというマイケル・グリーンの作家性を見ることができます。

『ハドソン川の奇跡』(2016)

原題 “Sully” とはトム・ハンクス演じる主人公チェスリー・サレンバーガーの愛称です。
監督はクリント・イーストウッド。彼が監督することになった理由は超低予算で撮るにはイーストウッドでなければできなかったとなにかで読んだか聞いたかしたと思います。サントラのピアノの音は監督自ら弾いたものです。

アカデミー賞作品賞候補にもなったヒット作ですし、アメリカ人なら誰でも、アメリカ人でなくても世界中の人たちがその顛末を含めて知られている事件を元にした題材なので、いわゆるネタバレというのはない内容です。

ここでは映画評というよりは、ドキュメンタリーと見た場合の感想を書いてみます。

人の命を救っても、その選択が他のどの行為よりも正しかったのかを問い、もしも間違っていれば制裁を加えられるという国。
裁く側は、例えば今回の映画でいうならパイロットや航空工学の専門家ではなく、ただのコメンテーターのような輩である。そういうプロフェッショナルでない者たちが平気でプロフェッショナルの仕事に土足で入り込み、お前のやり方は間違っているというわけだ。
主人公のパイロットがそれ以上のプロフェッショナルだと思ったのが、そういう慇懃無礼な輩に対し声を荒げることもなく落ち着いた声で彼らを導いたところである。

今日のアメリカらしいものの考え方だと思います。正義とは何かという問題よりも合法か非合法なのかを徹底的に問います。正義であっても違法なら罰を受けるし、悪であっても合法ならばなんのお咎めもないということです。

最近の日本もこういう考え方にかなり寄ってきているような気がします。

『メッセージ』(2017)

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品には映画の説明そのものがネタバレになる作品が多く、傑作にもかかわらず見ていない人に薦めるのがとてもむつかしい。この『メッセージ(原題:Arrival)』も同じです。

ですので、以下内容に著しく触れるために映画を見終わってからご覧ください。

原作はテッド・チャンが1998年に発表した『あなたの人生の物語(原題:Story of Your Life)』というSF短編小説です。映画を見てから読む方が圧倒的にいい小説だと思います。
映画を見た人にぼくはひとつ意地悪な質問を出すことにしています。

「この映画の主人公は誰ですか?」

映画作品として考えるとエイミー・アダムス演じる言語学者のルイーズ・バンクスということになります。はじまって少しするとエイミー・アダムスの「これはあなたの物語です」というナレーションが入ります。それは彼女の娘に語られるということがわかり、短いシークエンスで娘が若くして亡くなることがわかります。宇宙人とのファーストコンタクトものの映画と思っていたらそこが主題ではなくて実は娘の物語なのかと思わせるナレーションです。
映画が進んでいくとルイースがウェーバー大佐(フォレスト・ウィテカー)に宇宙人への質問について説明するシーンがあります。

What is your purpose on earth?

この英語の”your”が単数なのか複数なのか説明が必要であるという場面があります。

これは最初のナレーション「これはあなたの物語です」といった「あなた」が複数であることを示唆しているようにも見えるセリフとなるわけです。

『メッセージ』を象徴する一枚の名画

これは「ラス・メニーナス」です。スペインの画家ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)が1656年に発表した大傑作で日本語で「女官たち」や「侍女たち」と訳される『ラス・メニーナス(原題:Las Meninas)』そのものです。

この絵の主人公はだれか?

一見絵の真ん中にいる少女であるフェリペ4世の娘マルゲリータ王女を描いた絵に見えます。絵の左端に絵筆を持った男はベラスケス自身ですが、イーゼルに支えられた大きなカンバス越しにこちらをみています。一点透視図法で描かれているのでベラスケスが描いているのはマルゲリータ王女ではなさそうです。
画面を良く見るとマルゲリータ王女のやや上の背後の壁にかかった鏡にうっすらと二人の人影が見えます。
この二人こそこの絵画の発注主であるスペイン国王夫妻なのです。つまりこの絵はベラスケスがフェリペ4世夫妻を描いているところを描かれている国王夫妻から見た風景を描いているのです。
そしてこの絵画を現在私たちが見るとき、ちょうど国王夫妻が立っていた場所に立って鑑賞することになるのです。

『メッセージ』の最初のナレーション「これはあなたの人生の物語です」ということは娘のことを指しているだけではなくこの映画を見ている私たちに対して向けられた言葉に聞こえてきます。
ただの鑑賞者であった私たちが、他人事ではなく自分の物語として語られるわけです。
そう考えられるのは、自分の娘との回想シーンがより近い自分の目線を再現したような撮り方になっているのはそういうことを表現しているように思います。


『ピュア 純潔』(2009)

アリシア・ヴィカンダーが母国スウェーデンで初主演した日本未公開作品。1988年10月3日生まれなので公開時21歳です。
WOWOWが平成29年2月9日に日本で初めて放送しました。

アリシア・ヴィカンダーの演技に感服しました。芝居っぽくない演技。指先の動きがとても美しい。
舞台となったのはヨーテボリコンサートホールです。北欧らしいシンプルな空間です。
アリシア・ヴィカンダー演じるカタリナがコンサートホールで受付係の仕事を得ます。そのためクラシックの名曲がいくつか演奏されます。
モーツァルト:レクイエム、交響曲第25番、クラリネット協奏曲K622。
ベートーヴェン:交響曲第7番。
バッハ:ゴルトベルク変奏曲。
ジュール・マネス:歌劇『タイス』より瞑想曲。
などです。
特に、モーツァルトレクイエムとベートーヴェン交響曲7番は重要な曲となってます。

ただ、音楽描写が少し粗い気がします。レクイエムのテンポが早い。指揮者の指揮法が下手だなあと思うけれど、ベートーベン7番がだんだん上手くなっていくところなどは気持ちよかった。

舞台のコンサートホール Göteborgs Konserthus はストックホルムの建築家 Nils Einar Eriksson 設計で1935年に竣工したモダニズム建築です。
図書館として登場するアトリウム空間はヨーテボリ大学ビジネス・経済・法学部の自習室のようです。なんと羨ましい。

映画の中でキルケゴールの言葉が引用されます。「勇気は人生を開く」という言葉です。いろいろ調べてわかったのが英語では “Courage is life’s only measure.” となっているようです。
ところが出典元がわからない。目下調査中です。

作品データ
原題/Till det som är vackert (Pure)
制作年/2009
制作国/スウェーデン
内容時間(字幕版)/102分
ジャンル/ドラマ

出演
カタリナ/アリシア・ヴィカンダー(Alicia Vikander)
アダム/サミュエル・フレイレル(Samuel Fröler)
ブリジッタ/ジョゼフィーヌ・バウアー
マチアス/マルティン・ヴァルストローム

スタッフ
監督/リサ・ラングセット(Lisa Langseth)
脚本/リサ・ラングセット
撮影/シーモン・プラムステン(Simon Pramsten)
音楽/ペル=エリク・ワインベルグ(Per-Erik Winberg)

公式サイト▶︎ wowow.co.jp/detail/108761
IMDb▶︎

Guts Over Fear – Eminem ft. Sia

バズ・ラーマン監督の『華麗なるギャツビー』エンディングでその声を聴いてしまってからSIAの声を追いかけ続けています。
彼女が映画でたった一曲歌うというだけで映画館に聞きに行くこともあります。
デンゼル・ワシントン主演の『イコライザー』(2014)のエンディングでエミネム(Eminem)の曲でシーアがサビを歌ってます。

さすがシーア。一番いいところを持っていってるなあと思いました。何を歌ってもうまい。

このビデオ映像でシーアのパートを演じている「まだら肌」の女性に目を奪われました。
調べると、シャンテル・ヤング(Chantelle Young)という名前から今はウィニー・ハーロウ(Winnie Harlow)という名で活動しているカナダ人モデルです。
公式サイト▶︎
America’s Next Top Model という番組で注目され、水原希子とともにスペインのDesigualのモデルに抜擢されたようです。

こちらは Lyric Video と呼ばれている歌詞を流すビデオ映像です。
ラップに合わせて次つぎと流れてくる文字を見てるだけでも独特の心地よさがあります。

関連記事▶︎
https://matome.naver.jp/odai/2142319737695671201

2016年に見た映画10選・ベスト3

2016年は177本、映画館では36本見ました。12月は映画館には行けずWOWOWでの2本のみです。
まず177本の中から10本選び、さらにベスト1を選んでみようと思いましたが、ベスト3はすぐに決まる代わりにそれ以下を決めるのがむつかしく、順位をつけずに10選とします。

では、見た順で10選

・『ブリッジ・オブ・スパイ』
・『オデッセイ』
・『キャロル』
・『サウルの息子』
・『ディーパンの闘い』
・『ボーダーライン』
・『スートピア』
・『素敵なサプライズ』
・『エクス・マキナ』
・『この世界の片隅に』

この10本です。すべて映画館で見たものになりました。
10選の話の前に、10選以外のものから。

見るんじゃなかった最低の作品2本
・『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』
・『By The Sea』(邦題『白い帽子の女』)
『フィフティ・シェイズ〜』はシーアが一曲歌っているという一点のみで見なくてはいけません。2015年の『カリフォルニア・ダウン』も最低でしたが、まだ派手なCGを楽しむことと主演の行動にツッコミを入れるという楽しみがありましたが、こちらは全く見る価値がなかったと言い切ります。なのになぜ続編が撮られることになったのか理解できません。アンジェリーナ・ジョリー監督作品の邦題『白い帽子の女』は最初から最後まで退屈で見所が全くありません。これは飛行機の小さな画面で見たからかもしれませんが、これがオチなのか?と首をひねります。メラニー・ロランにハズレなしの法則が破られた作品です。どないしてくれるねん。
軽く愚痴ってみました。

特別賞『ミルドレッド・ピアース』
特別賞に選んでおきながらその理由には触れたくない気持ちがあります。でも、書いておきます。
1945年アメリカ作品で、マイケル・カーティス監督、主演がジョーン・クロフォードです。いわゆるフィルムノワールといわれているジャンルの作品です。タイトルのミルドレッド・ピアースというのはジョーン・クロフォードが演じている役名で、ミルドレッド・ピアースが社会的に自立しようとする物語です。
ちょっと理由があってDVDを購入して見ました。わざわざ買って見た価値がありました。
もし『ブレードランナー』ファンならばこの作品は必ず見ておく必要があります。なぜなのかは見れば必ずわかります。

さて、10選のひとこと感想

『ブリッジ・オブ・スパイ』
わずか数秒のシーンのためにベルリンの壁を造っています。スピルバーグだからできるんだと思います。音楽は本作で初めてジョン・ウィリアムズではなくトーマス・ニューマンが担当しました。ぼくはジョン・ウィリアムズの音楽は好きな方ではないのでやっといい音楽になったと思いました。

『オデッセイ』
リドリー・スコット監督作品。

『キャロル』
別の独立した記事を参照ください。▶︎

『サウルの息子』
この映画を観終わってすぐにポーランド行きの飛行機を取ってビルケナウに行ってきました。

『ディーパンの闘い』
先の『サウルの息子』が2月15日(月)、そしてこの作品を見た同じ2月17日(水)に中国映画の『最愛の子』を見ました。『最愛の子』と『ディーパンの闘い』はどちらも、家族がテーマの映画と見ることができます。そして『最愛の子』は2013年公開の邦画『そして父になる』と極めて近い題材の物語です。ですが、この2作は比較できないほど『最愛の子』が優れた作品と言えます。言葉悪いけど、これに比べたら『そして父になる』はスカみたいな作品です。
そんな『最愛の子』を退けて10選に選ばれたのがこの『ディーパンの闘い』です。『ディーパンの闘い』から見れば『そして父になる』はカスみたいな作品ということになります。

『ボーダーライン』
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品。撮影ロジャー・ディーキンス、音楽ヨハン・ヨハンソン。以上です。これでわかるやろ!と言いたい。

『スートピア』
10選のうち2作品がアニメですね。もともとあまりアニメを映画館では見ないのですが、言い方を変えるなら、厳選して見るためにアニメは見ただけでポイントが高い傾向があります。同じ理由で昨年は『インサイド・ヘッド』がかなりの高得点でした。

『素敵なサプライズ』
今年はベルギー映画をもう一本『神様メール』というのも見ました。多分『神様メール』は評判も評価もよかったと思います。両作品共6月に見ています。『神様メール』も傑作と思いますが、ぼくは『素敵なサプライズ』をぜひお薦めしたい。これは多くの人に見てもらいたいと思った映画です。

『エクス・マキナ』
この作品は年間ベストという評価では終わらない作品になると思います。『ブレードランナー』には及びませんが、類似のカルト作品のひとつとして『ブレードランナー』と比較して論評することもしておきたい作品です。

『この世界の片隅に』
とにかく見ろ!
つべこべ言わずに見てください。
もしよかったら見てください、とはいわず、必ず見てください、と言います。
まずは見ないと始まりません。
公開期間にもかかわらず他の映画を見るような人とは話したくないくらいです。
しかもその作品が山崎貴だったら最悪です。友達にはしたくないです。

邦画が豊作と言われた2016年ですが、ぼくの10選にでの邦画は『この世界の片隅に』だけとなりました。『シン・ゴジラ』も『君に名は。』もよかったのですが、『この世界の片隅に』と並べるほどの力はありませんでした。

この10選からさらにベスト3を選ぶと
『ボーダーライン』
『エクス・マキナ』
『この世界の片隅に』

そして、1位は、『ボーダーライン』です。誰がなんと言おうとぼくの1位はこれです。
なぜこれが一番なのかを書き始めると止まらなくなりそうです。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ、ロジャー・ディーキンス、ヨハン・ヨハンソンの組合せで『ブレードランナー2049』を撮ります。『ボーダーライン』でここまでの高評価の作品なのに『ブレードランナー2049』ができれば一体ぼくはどうなってしまうんだろうと思います。
その前に5月にはドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品の『メッセージ』が公開されます。
今から想像するだけで失神しそうです。

『エクス・マキナ』のポロック

出演者わずか4人。舞台は人里離れた邸宅。しかも、出てくる部屋はごく限られ、部屋に置かれているモノもごく少ない。
うっかり寝てしまいそうな抑えられた演出。
そんな地味で静かな作品ですが、その表現形式とは真逆でとても大きなテーマを扱っている作品です。
淡々として一見要素の少ない画面に、さまざまな要素を巧みに組み合わせているのです。
要素が少ない分、その要素の意味も重くなっていると言えます。
そういう意味でカルト映画の巨塔『ブレードランナー』を意識した映画に見えます。表現形式は違いますが、カルト映画となる条件は揃っています。
アレックス・ガーランドはこれが監督初作品ですが、この前に『わたしを離さないで』の脚本を書いていて、どちらも似た題材を扱っていると言えます。そしてテーマはどちらも『ブレードランナー』と同じです。
早くもカルト映画の傑作といわれている本作には書くべきところがいろいろ出てくるので、今回は一枚の絵について書いてみます。

部屋にジャクソン・ポロックの絵が架けられています。
本編にポロックについて語られるシーンもあます。
絵についてセリフのなかでポロックの絵画手法をAIになぞらえて語られています。
具体的にはドリッピングによる絵は一体誰が書いたと言えるのか。ポロックは自分を無にして、意図的に書いているわけではないが、ランダムに書いているわけでもない。それはAIロボットであるエヴァと対比して話されています。エヴァはコンピュータのワイヤーフレームのような線画を描くのですが、それがなんなのかわからない。そのことと対比させるためにポロックの絵を使っています。

この映画にポロックの絵が出てくるのにはもうひとつの意味があることに気がつきました。

2006年11月にゲフィン・レコードの社長デイヴィッド・ゲフィンが所有していた「No.5, 1948」をにメキシコの投資家デイヴィッド・マルチネスが1億4000万ドルで競り落としたとニューヨークタイムズ紙が報じたのです。

pollock-5

1億4000万ドルというと当時のレートで約165億円、この映画の製作費1500万ドルの9倍以上です。
この落札額は絵画の最高価格に近い金額で、つまりはとてつもない価値のある絵ということです。
なんだこんな作品にこれほどの金額がつくなんて、それだったら自分でも描けたのに!と思った批評家は多かったようです。
ところが、このポロックの絵を数学的に分析してみると、意外にもかなり巧みな技を駆使していたことがわかってきました。
マーカス・デュ・ソートイ著の『数学の国のミステリー』にこんなことが紹介されています。

 事実、オレゴン大学のリチャード・テイラー率いる数学者の一団が1999年にポロックの絵を分析したところ、ポロックがあのひきつけの発作のような手法で自然好みのフラクタル図形を作り出していたことが明らかになったのだ。ポロックの絵は、一部を拡大しても全体ときわめてよく似ており、どうやら、フラクタルの特徴である無限の複雑さを持っているらしい(もちろん拡大倍率をどんどん上げていけば、けっきょくはひとつひとつの絵の具のはねが見えてくるわけだが、それにはキャンバスを千倍以上に拡大する必要がある)。

この数学的分析によってポロックの作とされる絵画の真贋を判定することができるようになりました。
ポロック・クラズナー真贋証明委員会がテイラー率いる数学者チームに依頼し、収蔵庫から見つかった32作すべてが偽物であると判定されたのです。
一方でテイラーは、フラクタルな絵画を描く「ポロック化装置」を作っている。絵の具を入れた壺を糸で電磁コイルに取り付けて、いかにもポロックらしい作品を描くことができるそうです。
ここで重要なのは「数学的分析」ということなんだと思います。
映画の中ではその壁に掛けられたポロックの絵にゆっくりとカメラが寄るシーンがあります。
この絵は本物か偽物かをあなたは見分けられるかな。きっと見分けられまい。もう人間には判断できないんだよ、とじわじわと迫ります。
『ブレードランナー』のタイレル社のフクロウのように。

参考文献:マーカス・デュ・ソートイ『数字の国のミステリー』新潮文庫

原題 Ex Machina
監督 アレックス・ガーランド
出演 ドーナル・グリーンソン
   アリシア・ヴィキャンデル
   オスカー・アイザック
音楽 ベン・サルスベリー
撮影 ロブ・ハーディ
上映時間 108分
公式サイト exmachina-movie.jp


関連記事の紹介
『エクス・マキナ』の面白いエピソード15選!▶︎http://ciatr.jp/topics/163731
http://www.in-movies.com/blog/2016/5/29/-exmachina-
http://kagehinata64.blog71.fc2.com/blog-entry-1152.html
http://touris2.oops.jp/2016/06/14/exmachina/

『ボーダーライン』(2015)

期待が高まりすぎたために、必要以上にハードルを上げてしまい、本当はかなりいい作品なのに思ったほどいい作品と思えなくなることがありませんか。
メキシコ麻薬戦争という題材、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品、しかも撮影監督はロジャー・ディーキンス。期待するなと言われても期待してしまう組み合わせです。
でもな。
そんなにすごくないかもしれないしな。
という不安も一瞬頭をよぎりました。
でも、大丈夫です!
期待以上です。
さすが、プロが本当のプロの仕事をしてくれました。

あまりにもよかったので、4回映画館に行きました。本当はもう一回行けそうだったのは残念でしたが、でも4回のうち3回は最前列中央に座って、視界の端まで映画の世界に浸ることができました。

と、この映画に関してはあまりに気に入ってしまったため、感想を書くのがむつかしい。
ただの依怙贔屓の内容になってしまいそうになるからです。
でも、何も触れないわけにもいきませんので、今回は、音楽について少しだけ書いてみます。

アカデミー賞が偉いといいたいわけではありませんが、この作品はアカデミー賞の撮影賞・作曲賞・音響編集賞にノミネートされました。
音楽を担当したのはヨハン・ヨハンソン(Johann Johannsson)で、この映画の前に担当したのは『博士と彼女のセオリー』(2014)です。ご覧になった人はなんとなく覚えていらっしゃるかもしれませんが、弦楽器とピアノを中心とした美しく優しいメロディーの映画音楽です。
ところが、『ボーダーライン』では、音楽というよりもむしろ効果音のようなものです。同じ作曲家が作曲したとは思えないほど異なっています。
これは最近の映画音楽の傾向のように思っています。
誰がやり始めたのか正しくはわかりませんが、ハリウッド映画音楽界の重鎮ハンス・ジマーが『ダークナイト』の頃から実験的に始めているように感じます。
ハンス・ジマーの音楽でいうと、『インセプション』ではハンス・ジマー節といえる彼ならではのメロディーも使われていますが、かなりすごいことやっています。『インターステラー』ではその得意技を封印し、効果音のような音楽を提供しています。
デヴィッド・フィンチャー監督作品の音楽担当といえるナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーも音楽というより効果音に近いと言えます。
今回のヨハン・ヨハンソンの音楽はその延長線上にあり、ひとつの頂点といえるレベルまで高まったように感じます。
メロディーを封印して打楽器のリズムだけで表現してるように聞こえます。もっと正しく言うと意図的に音楽は聞こえず、心臓の鼓動のような音が、見る者の緊張感を高めてくれます。
その音を楽しむには映画館で体験するしかなく、4回も通った理由のひとつとなっています。

原題 Sicario
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演 エミリー・ブラント
   ベニチオ・デル・トロ
   ジョシュ・ブローリン
撮影 ロジャー・ディーキンス
音楽 ヨハン・ヨハンソン
上映時間 121分
公式サイト border-line.jp/

『ボーダーライン』が上映されます

そういえばヨハン・ヨハンソンって今年のアカデミー賞作曲賞にノミネートされていたなあと調べていたら、”Sicario”のサントラでたしかにノミネートされていました。受賞したのはエンニオ・モリコーネ(タランティーノ監督作『ヘイトフル・エイト』)でした。壇上で嬉し泣きした姿を見て、エンニオ・モリコーネという大巨匠がアカデミー賞もらって嬉しかったんだというのにびっくりしました。
それはそれとして、ヨハン・ヨハンソンっておもろい名前やな。これ日本人でたとえると高島隆とかドラえもんののびのびたかな。
“sicario”とはスペイン語で殺し屋とか暗殺者という意味らしく、それが『ボーダーライン』という邦題で来月公開することを知りました。アカデミー賞授賞式でノミネート紹介時にエミリー・ブラントの戦闘シーンをみて『オール・ユー・ニード・イズ・キル』やんかと思っていた作品です。
ふーん、で終わってしまいそうになったんだけれど、監督を見てびっくり。ドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)ではないか。

これは見んとあかん。

この監督は2010年に『灼熱の魂』という作品を発表してアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされてます。この年のアカデミー外国語映画賞はかつてない激戦で、受賞したのはデンマークの『未来を生きる君たちへ』(スサンネ・ビア監督)ですが、他の候補にアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『BIUTIFUL ビューティフル』がメキシコ映画として、そして『籠の中の乙女』というギリシャ映画などがノミネートされていた年です。
籠の中の乙女』というなんともヘンテコな映画を撮ったヨルゴス・ランティモス監督の最新作は『ロブスター』でもうすぐ公開です。ヨルゴス・ランティモスについてはまた別に記事を書きたい監督です。
話を戻すと、ドゥニ・ヴィルヌーヴは『灼熱の魂』を撮った後アメリカに進出し『プリズナー』を撮った後『複製された男』を撮ります。そしてその後のタイミングで『ブレードランナー』の続編の監督をするというニュースがありました。
『ブレードランナー』を偏愛するものとして、続編を撮るなんて許されないことと思っていましたが、ドゥニ・ヴィルヌーヴが撮るのであれば見てみたいと思います。逆の言い方をするとドゥニ・ヴィルヌーヴが撮る続編であれば見てみたいと強く思えるのです。他に思い当たる監督はいません。
そんなドゥニ・ヴィルヌーヴ監督だから、見んとあかんのです。

『灼熱の魂』http://ei6suke.izoizo.com/review/incendies/

『籠の中の乙女』http://ei6suke.izoizo.com/review/dogtooth/

『ボーダーライン』公式サイト http://border-line.jp
『ボーダーライン』予告編

Sicario-movie-poster